| 2001.2.23 CDタイトルとツアー |
東経135度の証を標準時地点にしている日本のみなさん,お元気ですか? しばれるような寒さもやがて溶けるイメージが強まる日々ですね 昨年から5月〜6月日本列島ツアーのスケジュール作りに取り掛かっています 3rd
CD構想も着想を得て,ゆっくりではありますが曲選びも進んでいます こう書きながらも“Mongorium”とか浮かんできました |
| 2002.4.28 お願い文吾文 |
黄金週間。この祝休日の波涛を、みなさま如何お過ごしでしょうか。 今日は、みどりの窓口に行きました。 ところで、夜行列車って、もう少なくなっているんですね。 全くない訳ではありませんが、僕の足にいまいち不具合なものばかり。 やおら、レンズの底の眼を閉じてみました。 ・・・昨年8ヶ月を過ごしたドイツでのことでした。 時刻表を見る限り、僕の住むルール川の辺から東に490km離れたベルリンへも、 この切符の他にも、(入会金、或いは登録料のようなものが必要ですが) 正規運賃は決して安くはないデーベー 最近よく耳にする“デフレ(ーション)”を大歓迎してはいませんが、 今後の旅客の増加と船会社の取り計らいに大いに期待します。 今回は、「お願い文吾文」になりましたが、是非誰か叶えてください。 七夕の竹一本では到底間に合わない程、まだまだお願いだらけです。早く片付けな! |
| 2002.8.14 諫早 |
数年ぶりに、博多でゆっくり夏を過ごしている。 もう暫くお待ちいただく間、これまでのCDに関して徒然なるままに綴ってみたい。 1994年に出した「なんでもある!───文悟堂へようこそ」 閑話休題。この「なんでもある!」の録音を思い付いたのは、93年春だったかと思う。 その前年から、僕は諫早の方々に懇意にしていただいている。 |
| 2002.8.27 博多発 |
この夏は6回程、海水浴に出掛けた。 もし海がレストランならば、とても信頼が置ける。 港湾都市博多の周辺には、海水浴場も少なくない。 前半の3回、僕は糸島郡志摩町の芥屋(けや。「あくたや」ではない)海水浴場に行った。 福岡市の中心から芥屋に行くとなると、地元の地理感覚にすると些か遠い。 3回とも同じ海の家を使った。 あくまでも夏の風情として、海の家に来るととりあえずラーメンとカレーライスは外せない。 ちなみに、この芥屋の海の家で食べたラーメンもさることながら、カレーライスの個性的さには 後半の三回は、福岡市西区の大原(おおばる)海水浴場。 最後の1回、波も高く風も強く悪天候のようにも見えたが、海水温は温水並みかそれ以上だった。 ここでは海の家を2軒使ってみたが、どちらもカレーはカレー、ラーメンはラーメンを出して来た。 |
| 2002.9.25 悩ましきローマの午餐 |
“ガリッ。” 先日、友人二人が結婚した。同じ日に、それぞれ別の会場での挙式。 “つめもの”が外れたのは、「お暇を頂戴します」ということなのか? |
| 2002.9.28 やわさんだい |
数年前から、テレビを視る生活を送っている。 秋分の日と春分、昼と夜の長さがほぼ同じになる。ここから考え始めてみると 水甕に自信のない福岡市に、今月数度目の雨。 |
| 2002.10.08 中国の「壁」 |
鉄のカーテンのことではない。 今日のニュースで、北京のドイツ人学校の塀を乗り越えて行く人々の姿を見た。 初めて中国で印象に残った塀は、その上部に割れたガラス瓶の破片が埋め込まれていた。 このように、外部からの侵入者に対しては心理的のみならず物理的にも厳しい塀が多い中で、 |
| 2002.10.25 生ムギ生ゴメ生タマゴ(前編) |
博多では、多くのラーメン店が麺の茹で具合を客の注文に合わせてくれる。 以前、この茹で具合の注文を「バリカタ」としている人がいた。 初めてこういう頼み方があると知り得たのは20代の前半だったろうか。 そのときふと思い出したのは、江戸時代の拷問だったが、「生米を延々食わせる」ものだ。 誤解のないように記しておくが、博多で出て来るラーメンの麺の量はその茹で具合とは無関係だ。 ただ、当時の僕は「生ゴメ」食わせを思い浮かべるほどに、「バリカタ」が受容できなかったのだ。 |
| 2002.10.25 生ムギ生ゴメ生タマゴ(後編) |
友人の話で恐縮だが、アメリカの映画「ロッキー」の第何作かの中で 「生ムギ生ゴメ生タマゴ」を早口で言うようになってどれくらいの歳月が経ったのだろうか? さて、この詮索のそもそもの発端は、「バリカタ」だった。 そんな時代もあった僕が、昨日食べたラーメンも「バリカタ」麺で注文した。 博多ラーメンは、「なるべく速く茹で上がる」ように細い麺となったそうだ。 |
| 2005.09.18 偶然は、その実、必然である |
| 夏を数えた。 単純に言うなら、生まれてから現在までに過ごした夏を数えてみた。35個である。 夏に生まれたせいなのか、この季節には、人生のビッグイベントがよく起こる。 そして、夏から秋、秋から冬、冬から春、へと変わり続け、梅雨で一休み。 昨年9月の沖縄初訪問から、僕の人生は亜熱帯に赴くたびに動きがある。 「偶然は、その実、必然である」・・・。 |